夏になると、「熱中症対策に五苓散」という宣伝を聞く機会が増えます。
ドラッグストアのPOPやインターネットの記事、SNSなどでも紹介されているため、熱中症に対して五苓散が第一選択の漢方と思っている方も少なくありません。
しかし、熱中症対策で五苓散を使うには注意点があり、効果が見込めるのはあるタイプの特徴が見られる時のみです。今回は、五苓散の処方構成や古典的な根拠をもとに、五苓散が本当に熱中症に有効なのか考えていきます。
五苓散とは
五苓散(ごれいさん)は、『傷寒論』『金匱要略』に収載されている代表的な利水剤です。身体の中に停滞した余分な水分(水湿)を巡らせ、尿として排出することで、水分代謝の異常を改善することを目的としています。
そのため、以下のような「水がうまく巡らないこと」が原因となる症状に広く用いられます。
- むくみ
- 二日酔い
- めまい
- 頭痛
- 下痢
- 水分を飲んでも吐いてしまう状態
ここで重要なのは、五苓散は「水が足りない」状態ではなく、「水が偏って停滞している状態」を改善する漢方であるという点です。そのことは古典にもよく表れています。
『傷寒論』には、以下のように記載されています。
太陽病、発汗の後、大汗出で、胃中乾き、煩躁して、眠ることを得ず、水を飲まんことを得んと欲する者は、少少与えて之を飲ましめ、胃気をして和せしむれば則ち癒ゆ。若し脈浮に、小便利せず、微熱し、消渇する者は、五苓散之を主る。
「カゼを発汗させて治療したが、大量の汗によって胃が渇き、落ち着かなくて眠ることができず、水を欲しがる者には、少し水を与えて胃の働きが戻れば治る。もし脈が浮いて小便が出ずに微熱があり、喉が渇いて水を欲しがる場合は五苓散がこれを治す」とあります。
また、『金匱要略』には、以下の条文があります。
中風、発熱六七日、解せず而して煩し、表裏の証あり。渇して水を飲まんと欲し、水入れば則ち吐す者は名付けて水逆という。五苓散之を主る。
発熱して6、7日経つのに治らず、胸苦しくてまだ表邪が残ったまま体内では水分代謝の異常が起こっている。渇いて水を欲しがるが、水を飲むとすぐに吐いてしまう者を水逆と呼ぶ。五苓散はこれを治す。
これらの条文を見ると、一見すると「口渇があるから五苓散」と思われがちですが、実際に五苓散が治療対象としているのは口渇そのものではありません。
五苓散が対象とする口渇は、熱中症のような純粋な脱水ではなく、膀胱の気化作用が失調して水分代謝がうまくいかず「体内の水が偏った状態」です。
処方構成から考える五苓散の働き
五苓散は、以下の5種類の生薬から構成されています。
- 沢瀉(たくしゃ)
- 猪苓(ちょれい)
- 茯苓(ぶくりょう)
- 白朮(びゃくじゅつ)
- 桂枝(けいし)
処方全体を見ると、4種類が利水作用を持つ生薬で占められています。つまり五苓散は、「余分な水をさばく」ことを第一目的として作られた処方なのです。
ここで注目したいのが「桂枝」の存在です。単なる利水剤であれば、茯苓・猪苓・沢瀉・白朮だけで事足ります。しかし、あえて温性の桂枝を加えています。
『傷寒論』が書かれた後漢時代は、寒冷化に伴い不作や飢饉が頻発していた時代であり、『傷寒論』は名前の通り、寒さによる病気を治療するための書物です。「陽気が不足することで水を動かすことができない」と考え、五苓散には温性の生薬である桂枝を含んでいます。
つまり処方構成だけを見ても、「熱を冷ます」「失われた水分を補う」ことを目的とした処方ではないことが分かります。
なぜ五苓散が熱中症に勧められるのか
では、なぜ「熱中症には五苓散」という話が広まったのでしょうか。理由の一つとして、熱中症では以下のような五苓散が適応となる症状が現れることがあるからです。
- 頭痛
- 吐き気
- めまい
- 嘔吐
また、五苓散には「口が渇くのに水を飲むと吐いてしまう」という状態に用いられる古典的な記載があります。熱中症の場合、熱によって嘔吐中枢が刺激されたり、胃腸への血流低下によって水分が飲めず吐いてしまうことがあるため、この症状だけを見ると五苓散が当てはまるように思えます。
また、五苓散の効能に「暑気あたり」と記載されていますが、「暑気あたり」というのは、熱中症を含んだ夏の不調全般を指す言葉です。ただし、様々な夏の不調のうち、五苓散が合うのは水の滞りが原因となるものだけが対象になります。
熱中症と五苓散の異なるタイプ
熱中症の本質は、高温環境によって体温調節が破綻し、体内の水分・電解質が失われ、熱が体内にこもることです。一方、五苓散が対象とするのは、体内に水が停滞し、水分代謝がうまくいかない状態(水滞)です。
つまり、熱中症は以下が主体です。
- 水分不足
- 電解質不足
- 熱の蓄積
一方、五苓散は以下が主体になります。
- 水の停滞
- 尿が出にくい
- 水が巡らない
中医学でいえば、熱中症は初期には「暑熱傷津」、進行すると「気陰両傷」、重症では「気陰両脱」といった病態が中心になります。一方、五苓散が合うのは「水湿内停」によるものです。病態そのものが異なるため、「熱中症だから五苓散」という単純な考え方は適切ではありません。
五苓散が使えるパターン
もちろん、五苓散が全く使えないというわけではありません。例えば、普段から水分を十分に摂っている状態で、以下のような水が滞ることによる不調が見られる場合では、五苓散が役立つことがあります。
- 水を飲むとすぐ吐いてしまう
- 頭痛やめまいが強い
- 尿量が減っている
- 胃がチャプチャプする
- 下痢や軟便
つまり、熱中症そのものに効くというより、「暑くなって水分を摂る量が増えたり、胃腸の働きが落ちたことで水が滞った症状」に適応するという考え方の方が、処方の本来の使い方に近いでしょう。
一方で、高温下の環境で汗をたくさんかいて疲労を感じたり、熱がこもって頭が痛い、ぼーっとするなどの症状については五苓散だけで対応できる病態ではありません。
まとめ
熱中症対策に五苓散を用いることができるのは、「水の滞りによる夏の不調」という限られた状態のみです。
五苓散は、水分代謝の異常を改善する優れた漢方薬ですが、以下のような特徴があります。
- 熱を冷ます処方ではない
- 失われた体液や気を補う処方でもない
そのため、例えば五苓散だけを服用するのではなく、清熱作用のある漢方を併用した方が熱中症対策になります。
基本的に漢方は「病名」で選ぶのではなく、体質や生活習慣によりどのような問題が生じているか考えて漢方薬を選ぶ必要があります。「熱中症だから五苓散」と決めつけずに漢方の専門家に相談しながら処方を選んではいかがでしょうか?
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